2011年8月16日
ケニア山レナナ峰(4985m)の帰り。「何あの山?」
ガイド・モハメドは言う。
「あれはケニア山で一番高いバティアン峰とネリオン峰だ。あそこはロープを使ってクライミングしないと登れない」
当時、ボルダリングすら経験がなかった。
2013年8月
協力隊から帰国後、教えてもらう機会があり、なんとなくいつか登れたらいいなぁと、クライミングを始めた。
たくさんの人から、少しづつ教えてもらった。
2014年10月12日
芦別岳夫婦岩でルートは完登したものの時間かかりすぎで星空懸垂7回、ロープを結んでいる間だけでも15時間。
相方に迷惑かけまくり。足も軽度凍傷となる敗退。
練習に時間を要する分野だと痛感する。
2015年4月
津別へ転勤し、クライミング環境は悪化。山とスキーの他に、クライミングを続けるのは少し大変。
車で走って泊まって、疲弊を感じることも少なくなく…。
でも平日週1回の人口壁はなんとか継続。
硬式の社会人野球をやめたことで、沢登りをするようになった。
景色には圧倒されたし、沢の経験は重要であった。
クライミングを始めなければ、やらなかったと思う。
2015年秋
フリー中心のままではケニア山に繋がらないと感じ始めた。
カムを購入し、A藤氏にクラック入門。
徐々にカムを使ったクライミングに重きを置く。
2016年
道東には知床がある。クライミングも扱えるようになったことで、幅が広がった。
それにしても、ケニア山。登攀グレード以上に、相方探しのグレードが高すぎる。
皆、興味は示すので、「じゃあやろう」と言うと「いや、行くのはちょっと…」
2017年8月10日 山梨県北岳バットレス。
2017年9月2日 芦別岳夫婦岩北西壁
ケニア山の前にリベンジが必要だと思ってた。
夜、ユーフレ小屋でそんな話をしていると、ケニア山に行ってもよい人が2人も現れる。
この時初めて「いや、行くのはちょっと…」と、ならなさそうな手ごたえを感じた。(後に4人となり、諸般の事情で2人にはなったが)
動き始めてからいなくならないか、不安ではあったけど決めた。
「今年やろう」
決めたら準備あるのみでした。残り3か月半はあっという間。
逆算して、できる限りの準備はしようと思ったし、実際したつもりです。
2017年12月25日 ケニア首都ナイロビ、ジョモ・ケニヤッタ国際空港。
もはや、声をかけた人も多く、経緯も時間経過も長すぎで、
「さあ冒険の始まりだ」と意気込む、今回乗ってくれた相方の隣で、
長すぎる冒険の終末を感じていたのでした。