ケニア山バティアン峰ネリオン峰2⃣/₄アプローチ編 17.12.27-18.1.3

12月26日

1日あいだに挟んで、

ゆっくりと、

時間が流れ、

1日目(12月27日)

始まった。

今回、日本人のいる旅行会社を使い、登山前後の宿泊も知人経由で日本人を頼った。以前、ケニア在住時は格安な現地旅行会社を使っていたけどそうはしなかった。ケニア時代の経験は値段の安さでなく、トラブル回避の方に振った。日本では起こりえないトラブルを楽しむことも魅力だろうけど、今回はあくまで、山に登りたかった。また、行程を臨機応変変更する必要性や、クライミングの荷物が多くても、ロストは避けたい等々の理由からそうしてみた。

結果、スタッフはポーター含めものすごく優秀。後にこれが効いたことは間違いありません。

1日目は少し丘に上がってキャンプ。(3300m)

 

2日目(12月28日)

バティアン峰が見える。

ポーターが釣りをしている。

Lake Ellis(3400m)

 

3日目。(12月29日)

ピクニックランチを準備して待っていてくれる。

Lake Michaelson(3800m)※実質3950mという話

ここから、頭痛が始まった。さっそく一錠薬(鎮痛剤)をもらい飲み、この時は治まった。

予想より早かった。すでに先が思いやられた。

 

4日目(12月30日)

とにかく一面が壁で、このキャンプ地で登りまくっても楽しいと思う。

Austrian Hut(4790m)

この夜は頭痛に過呼吸、さらに、計ってないけど、どう考えても熱がある。ほとんど眠れず、夜中に薬を飲む。

 

5日目(12月31日)

本番の日。

予定出発時刻の5時に合わせ準備はしたけど、ガイドに止められる。自分のコンディションが悪すぎた。代わりにこの日レナナ峰に行って1日様子を見ようと提案され、そう決めた。

が、わずか200m程歩いたところで腹痛でリタイア。ガイドと相方で行ってもらった。

この日、クライミングどころか歩くことも困難だったという…。

戻った後、ガイドから一つ下のSimpsons Hutへ行くことを提案されたがお断りした。だってこれは、残り日数的に敗退を意味するんだもん。

停滞することにしたけど、翌日さらに歩けなかったどうするんだという不安はあった。

相方が元気だったのが唯一の救い。自分がなんとかなれば登れるのだから。

ここ10年散々山に登っていて、肝心な時に身体が動かないとはふざけんじゃねぇよ、登らず帰れるわけねぇだろ!と、自分に思った。

なんとかこの日をやり過ごす。薬を服用しているが、夕方少し落ち着いた。

 

6日目(1月1日)

5時スタート。

なんとかなっている。というか、なんとかならないわけにいかなかった。

取りつきまで歩ければなんとかなる自信があった。(根拠なし)

紆余屈折6年5か月。

ようやくたどり着いた。

さぁ始めようじゃないか。

自分のことに集中した。